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無限Ⅰ

アグニ・ヨガ叢書『無限Ⅰ』の英訳から日本語訳したものです。

9

 人々はよく意識を超えたことについて悩まされる。むろん、人間の理解する意識の概念は限られたものだ。それは目に見える世界のことしか受け入れないせいである。目に見える範囲内より広げられなければ知識は制限の中に閉じ込められたままだ。人間の意識と知識の限界を超えたところを見よう。宇宙的理解をほんのわずかだけ見つけてみよう。広大な地平線の何と美しいことだろう! 「空間」に浸透する思いの何と強力なことだろう! 無限との交流により何と新しい道が明らかになることだろう! どんな知識の使用法が、人を「これ以上は知りません」としるしのつけられた閉ざされし門へと導くのだろうか? 知識の制限は墓場である。したがって、無限を測ろう! 意識を制限することは霊の死である。

 

 人々の習慣ではなく、意識の本質を学ぶべきである。無限の流れを感じるよう自分自身を訓練したならば、祈るかわりに四大元素を制するだろう。「何々してくださる神」のかわりに、私たちこそが自分の仕事とサイキック・エネルギーによって自分自身を助けるだろう。

 

 なぜ世界には、困窮の時に宇宙のエネルギーを礼拝する風習があるのだろう。なぜ、その時初めて無限へと引き寄せられるのだろう。なぜ、ちょうどその時にいわゆる超自然的な諸力を認識するのだろう。「世界の母」のお名前を、シンボルとしてではなく、力を与えてくれるものとして唱えるよう私はアドバイスする。無限の源泉を、シンボルとしてではなく永遠の現れとして、永遠に美を生み出すものとして、天空の創造者として、呼び出すよう私はアドバイスする。

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8

  存在するものすべての進化は、各々の霊の進化と分けられない。それは永遠の運動の中の、一つの螺旋のようである。我々の高所へと駆り立てられた霊的意識は、宝物を集め、それを贈り物として空間に捧げる。霊的意識によって君たちの惑星は豊かになる。唯物主義は進化を起こさせない。唯物論者の意識は押しても動かず固定されたまま、よどんだ水に生存する蚊を育てる。思考の固定の原因は、ぞっとするものだ。終わりなき休息などない。それゆえ、一か所にとどまるな。変化が君を飲み込むか、君が宇宙的進化を助けるか、二つに一つである。あらゆるものの基礎は螺旋である。永遠の螺旋状の火の本質を理解するべきである。

 

  多くの人は「永遠」を理解するのを怖れる。だが「永遠」の壮大さを悟ることは何と美しいことか! 火と接触した霊だけが、その輝きの最高の美しさを知っている。光る星々から流れ込むエネルギーに乏しい霊は、宇宙の火のエッセンスを奪われ、フォーハットが顕現させた流れを断ち切ってしまう。「永遠」の定義は意識の中にのみ生きている。意識が広くなればなるほど、意識の光線はますますはっきりと光を放つ。意識がよりはっきりとしたら、次にその進化の美を悟った人に我々の召命の声が響く。

 

  まことに、普遍的な思いについて言われたことを人生に当てはめねばならない。

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7

 霊の中で「無限」の概念を受け入れよ。君の意識の中で「無限」を断言せよ。すべての思いを大きい秤にかけよ。この「空間の火」の梃子(レバー)(*)は、いたるところに現れる。果てしなく広い意識のいたるところに、主の御手は実行する。同じように君の奮闘にも当てはめよ。無限の火が存続しない場所などあろうか。造物主の概念は、永遠にわき出ている愛の泉の中の直知識によって断言されないことがあろうか。私たちにシンボルが明示されているーー愛の泉というシンボルが。永遠の中に、そして宇宙の働きの中に、果てしない仕事がないなどということがあろうか。我々の懸命な努力という永遠に生きている種が、人類を助けるために植えつけられないなどということがあろうか。

 

 永遠の運動、永遠の努力、頂上を目指す永遠の熱望、永遠の不寝番の表れ、断言された真理、無限の美の鎧により表された世界の母の輝く糸、無知の闇を攻撃すること、星々の栄光に人類の居場所を約束することーーだから歩きながらこう言おう、「世界よ、あなたの贈り物を受け取れたらよいのに。達成の聖杯をあふれるばかりに満たせたらよいのに。ああ主よ、おんみの盟約という智慧の聖杯を飲み干すことができたらよいのに!」

 

 助けの手を差し伸べることで我々が力を現す機会を、我々に与えよ。引力の法則はすべてのものが認める。この法則を生活上の普通の状態に応用しないことがあり得ようか。喜びは磁気の流れによって空間から喜びを引き寄せることができる。だが闇の思いは重い雲の層を生み出す。我々は思いの引力作用の実在を保証する。

 

 人類の思いが霊性へと向けられていない時、進化は加速されない。

 

 

*梃子(レバー)…手段。

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6

 無限の理解が人をこの世から切り離すことはない。新しい可能性の発表が人をこの世から分け隔てることはない。ヨギのサンヤマ(*1) について言われていることはただの発明ではない。それは宇宙の諸エネルギーを強める科学的な方法である。

 

 インドの医療で金属が広く用いられるのは、空間の火との接触の結果である。ヨギの意識は星々と交感する。人は生活の中で惑星の影響を受けるだろう。人間の骨折り仕事の受け止め方と、人間の思いの傾向を変えることに対する嫌気は、つかんで離さぬ手中のごとしである。

 

 宇宙の概念が君たち人類の短い周期の理解に縮小されねばならないと、主たちによって定められたであろうか? 理解の範囲は可能性のアウトラインを明確に示すだろう。すべてのものが、同じ根源であるプラーナつまり宇宙の顕現した力から、たくさんの糧をもらっている。君はこの必要性の断言を、わりとたやすく受け入れる。同じようにたやすく、光線の精神的影響 (psychic influence) という事実も受け入れる。我々の指示に従って、君の全存在で各時代の智慧を受け入れるならば、苦難の竜巻は光の壁に阻まれ弱まるであろう。君の可能性の大きさは、「盾」を受け入れるか拒絶するかによって決まる。

 

 はるかかなたの世界(*2) への道を開く空間の火の大きさを、拒絶するな。その火の中には未来の盾が含まれている。雲と風と雨の現れは地球のいらだちである。宇宙の諸エネルギーの主張を、大気の現象にすぎないと考えることはできない。

 

 夜の始まりには光が見えない。明かりをともせ!

 

*1 サンヤマ 「ダーラナ」(禅定の前段階)「ディヤーナ」(禅定)「サマーディ」(三昧)の三つの意識状態。(『沈黙の声 (星野未来訳)』 用語解説Ⅰの3、41、42参照)

 

*2 はるかかなたの世界 無限Ⅰの2の脚注を参照

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5

 未来の惑星における霊の創造性について、君は考えたことがあるか? すべての自分から始まったことが自分で終わるだろうということが、あり得るだろうか? 何かの過程が途絶えるだろうか? 諸世界をつなぐ鎖は果てしない。ある惑星が粉々に砕けている所に、別の惑星が生まれている。真理は死と取っ組み合い、懐疑論者が「終わりだ」と言う時、我々は「始まりだ!」と言う。進化の表れの理解は、真理の勝利を明らかにするだろう。勝利を私たちで分かち合おうではないか? 船をからっぽのまま閉ざしてしまうのか? 意識の力の伝達を拒絶してしまうのか? 私が諸光線の表れを役立たせよという時、私が知識の聖杯を満たせと言う時、私が直知識によって最良の創作物を設計せよと言う時、私が強さは知識の無限性にあると言う時ーーそれは宇宙の渦巻きに耳を傾けよと言う意味だ。それはフォーハットの輝きを探せという意味だ。それは天球の音楽の理解をはっきり示せという意味だ。

 君たちの惑星・地球には、我々が委託した人がいて、彼女は崇高な試みの聖杯を飲み干した。彼女は君たちのところへ、宇宙的な表れの証言者として、私の使命の担い手として、未来の提唱者として遣わされる。それゆえ、救世主の概念は活気に満ちている。そもそも崇高な試みに耐えたという事実は、人を納得させる。人類は特にこのように高い領域に由来しながらこの世を生きる経験から学ばなければならない。

 まことに、君は最高のものと最低のものを持っている!

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4

  人間の意識は、制御できない無意識の思いを訓練することへ向けることができる。だが、たいへん多くのマインドが混沌を作り出している時に、あまりにも多くのことを知らせるのは困難である。直知識の発達は人類を助けるだろう。直知識が混沌の場所と無限の場所を決定してはじめて、そして直知識が気まぐれな現れと宇宙的な現れを区別してはじめて、人類は知識の鍵の持ち主となるだろう。科学が望遠鏡を作り出したことを我々は大いに尊重するが、直知識という望遠鏡こそが無限を見通す。君たちの望遠鏡は経費と尽力を必要とするが、我々の機械の鋭敏さを持てばどこでも見通せる。

 

  無意識の思いへの統御力は、無限の大きさの理解をもたらす。思考の流れは無制限だ! まことに私は言う、光る星々の流れから、さまざまな可能性が注がれていると。目に見える、そして見えない星々は、真理の断言のために戦う。光線は癒しになる。光線は創造できる。光線は盾のように守ることができる。光線は聖杯の炎をはっきりと示すことができる。

 

  しばしば君は不平不満の叫び声を聞く。「なぜハンセン病があるのですか、なぜ大災害があるのですか、なぜ美の証がひねくれた微笑みによって見えなくなるのですか?」哀れむべき人類よ、我々は君たちの病気を君たち自身の所産とみなす。進化にはそれほど多くの障害物は必要ない。上昇のはしごにはそれほど多くの無用な段はない。我々の盾は君たちに認識されなくてもよいが、君たちは我々の盾を必要としている。

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3

 完全に宇宙とかけ離れた、無益な概念が人類の意識の中にある。進化の骨折りと、君たちの惑星の火的な建設が、無益なことに制限されることがあってよいだろうか! 本当の最小の始まりは限界の範囲内にあると考えられるということを、理解するのは難しくない。それならばなぜ、物理的変化の現れを可能にするものは広大無辺であると認めないでいられよう。この現れを軽んじることなどできようか。広大無辺の概念は複雑という意味ではない。単に、この世から高い状態への変質に耐えることを表しているのだ。上へ向かう努力に限界はない。そのことは、すべてのものと、すべての次元における連続性の概念は複雑ではない、ということを意味する。現れたものを制限するな!

 

 空間の火の糸は無限へと伸びていると、はっきり理解することは難しい。だがこの普通ではない概念を固守する人の思考は美しい。人類は火を消すということが何を意味するか、理解さえできない。だが君は火のきらめきを消すことで超現世的なたいまつを燃え立たせることになると知っている。ためになるか、害になるか――その運命を決定するのは君たち、人間なのだ。送ったものを、同じように受け取る。人は、輝かしいものを雨ほども送り出すこともできれば、空間をイナゴの大群でいっぱいにすることもできる。これが、思考と空間との協力の法則である。

 

 思いを創造者とみなせ。喜びは人類に示された、我々の法令の現れが始まることの実現である。

 

 無知を捨てれば、私たちは完全な無限の美を理解するだろう!

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