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無限Ⅰ

アグニ・ヨガ叢書『無限Ⅰ』の英訳から日本語訳したものです。

15

 人は、誤りの暗闇と真理の壮大さのいずれかを選ばなければならない。時代を経て断言された理解を、霊は選ぶ決心をするだろう。低い次元から同じ低い次元へと掛かっているとても低いアーチをくぐって行くのはふさわしくない。たとえ私たちが最も低い門の扉を再びノックせねばならないとしても、どうしてエネルギーを無駄にできようか。砂漠で浪費せず、達成の頂上で美しい庭園に行くために君の霊を準備せよ。

 それぞれの人に、進化の道を飾ることが定められている。それぞれの人に、空間の思考の助けが定められている。無限の宝物庫は、宇宙エネルギーの理解の中に入り込んでゆく人それぞれに開いている。

 君たちの惑星である地球の層に染み込んだものを発見しても喜びはない。天秤の皿の片方に、すべての怒りの悪徳、臆病、裏切り、偏見、偽善、独りよがりの現れを置こう。もう一方の皿にサイキック・エネルギーの推進力、直知識、賢人たちの契約の断言、根源の神聖さ、盾への感謝、知識の獲得、無限が開いた道の途上でぐらつかないことを置こう。

 人間の自我(エゴ)の本質を過程(プロセス)*として定義したのが主なる仏陀であったことから、私たちはこの「獅子」の教義を受け入れねばならない。日常生活で君たち自身を永遠の運動という概念に慣らし、暗闇の隠れ場所にとどまるな。創造性は創造的なエネルギーを引き寄せる。したがって、宇宙の火花を注意深く見よ。

 無知と無限の輝きのいずれかを選ぼう!

 

 

*自我は十二縁起を繰り返す過程の中で生きている。

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14

 地球の生命とより高い天体との連携は、人間により良い可能性をもたらすだろう。すると私たちのエネルギーのリズムは3倍に強まり、理性はこのエネルギーを認めるだろう。このように、賢者たちの契約は果たされるだろう。

 より高い不可視の天体と、可視の天体との融合は、分離させられない。したがって、生命の不可分であることを理解せよ。万物の中の宇宙の息は不変である。惑星の年代の現れは、宇宙の波によって決まる。それゆえ、宇宙的旋回と霊との間のつながりを否認する人たちは、知識のたどる道を歩んで行けない。とても小さな種を、大きな全体から分け隔てることが容認されようか? 境界を狭く設定してしまったら、個人の成長を失わずにいられようか? 狂気だけが狂気のために制限を設置する。美の現れに無知な者たちだけがこう言うだろう。「私たちは現状に満足している」

 宇宙のエネルギー、無限のエネルギーの断言は明白である。生命を与える永遠のプロセスは万物の中で続いてゆく。火花が宇宙の火に点火する。まことに、願望の火花によって知識のたいまつに火がつけられる。だが君自身の道を妨げるな。奮闘努力のみせよ、すると君という存在は無限の輝きにあふれるだろう。

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13

 昼と夜のリズムが不変であることを、人々はいかに簡単に受け入れることか! 私たちの人間的周期の基礎に、なぜ同じ考えを当てはめないのだろうか? 大宇宙と小宇宙は全く同じ一つの現れを反映する。ではなぜ人々は、単純に昼の来るのを待つのに永遠の夜を信じ込もうとするのだろうか。不断の運動の流れを認めよう。私たちの適応性を悟ることは、宇宙の脈動の悟りと同じくらい賢明なこととして断言されるだろう。悲哀と嘆きは不適当である! 無限の計画全体のために、リアルな宇宙を受け入れねばならない。

 君たちは一年の四季のめぐりを簡単に受け入れるし、自然界のリズムにより実るものを待ち受ける。鉱石の地層を試掘し、電気のためにダムを造る。それよりも目に見えない領域の埋もれている宝物のほうを向け、そして君たちの理解の範囲を超えた現れである創造物へと自分自身を向けよ。広大なるかな、仕事のフィールドは! したがって、無限のリズムに入り込んでそれを悟れ。

 そして、夜はどこだろう? どこで世界の母への賛歌が始まる前の静けさに気づくだろうか。昼でも夜でもないーー彼女の輝きにのみ!

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12

 宇宙のリズムに反響するということは、無限の大きさ全体をはっきりと知るということである。進化の道により三つの原理が断言される。誓約の理解を表し始めよ。君とすべての存在するものを養う根源に対し、無関心でいるな――本当にそれはだめだ! 深く熟考せよ、すると人類の偉大な、霊的に骨折る人々が、無限と一つになることで自分のサイキック・エネルギーをはぐくんだのがわかるだろう。彼らの、最高の美へと向かう努力のエクスタシーは限りなかった! 彼らの、定められた運命の現れに向かう達成は無限であった! 私はこう言った。宇宙のリズムと一つになると、目に見えるものも見えないものも、すべての存在の統合がもたらされるだろう、と。

 いずれの儀式も同じように、統合の象徴を示したが、その概念を取り除いてしまうことで、それらの儀式は古来の神秘をゆがめて伝えるにすぎないものとなってしまった。

 人は宇宙的な現れを前もって定めておくことはできないが、宇宙のつむじ風を呼び起こすことは可能である。同じように、私たちの惑星が必要とする元素を空間から呼び起こすことも可能である。

 君はすでに肩の羽根が二つの鋭い点を貫いて広がるのを経験した。そして同じように貫いた肺の中枢(チャクラ)も開いたかもしれない。これらの中枢(チャクラ)はプラーナをコントロールする。我々は至高の霊たちにだけ、これらの光線を送る。美と全範囲の宇宙のエネルギーを理解していない人たちには、この経験は得難いものだ。直知識だけがこの宇宙的経験に当てはめることができる。したがってこう言おう。「本当に私は無限の美を断言できる! おお主よ、壮大な宇宙の脈動を感じることができますように!」

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11

 未来を知っている人たちは、進化に向かって歩いて行く。進化を恐れる人たちは、死の足取りで歩く。彼らはどうして自分たちが上昇し下降するのかと尋ねる。彼らは進化の道に当惑するだろう。宇宙の波の理解が進化の道をはっきりさせるだろう。燃え殻の灰からさえも美しい花が出てくることもあると理解したなら、破壊は臆病な意識にだけ恐ろしいものだということがわかるだろう。宇宙の進化は波状に働く。深い曲線の波は避けられるかもしれないということを、説明するべきである。そのようにして進化は速められる。無関心な人類はどこでうそが発展するかを見分けられない。うそは、結局はこの地球は破滅してしまうかもしれないという認識を避けながら、一時的な繁栄にひたるのである。

 

 現代の建設者たちよ、君たちは破壊のつむじ風を起こすために建設するということを悟れ! 君たちが引き受けた仕事は何と巨大なことか! 君たちの城は何と役に立たぬことか! 君たちの浪費は何と莫大なことか! 一連の行動へと前進していくことに対し、君たちの無能さは何と明らかなことか! しかしまっすぐに歩いて行く人たち、無限の美を断言する人たちを見よう。空間の反作用を否定する臆病さではなく、達成の熱心さを、努力の美しさを、成就の壮大さを見よう。だからこう言おう、「宇宙の現れは限りない!」

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10

 

「世界の母」の宇宙的な呼吸はすべてのものに浸透する。まことに、すべてのものがそれに満たされる。微細なほこりの粒子から果てしなく大きいものまで、生命はこの呼吸により動き、息をする。では宇宙を動かすこの力を、どうして知らないでいられようか! 存在の本質を、どうして熟考しないでいられようか! 宇宙のエネルギーのリズムを洞察し、進化のリズムを理解せよ。進化の本質は不変であり、そしてそれは無限の現れによって測ることができる。

 

 終わりを恐れる君よ、世界の母の輝きへ顔を向けよ、そして進化の理解の中で君自身を断言せよ。山々から送られるものに限度はない。はるかかなたの世界の根拠を明かすものに限度はない。目に見える、そして見えない惑星の自然の宝物に限度はない。

 

  終わりを恐れる君よ、四方すべての方角を向いて、こう言うがよい。「無限を理解しよう!」地球の頂上と引っ込んだ奥地は、君たちの根源である。これらの根 源からの流れは無限である。君たちが絶えず流れる無限の流れの集め方を知りさえしたなら、本当に人生の実験室が実現するのだが。

 

 火の時代が近づいている。それに適応するため、勇気と智慧を見つけよ。尾をとらえている蛇のシンボルは、進化の展開する周期を表している。螺旋の形は上り道に当てはまる。

 

 終わりを恐れる君よ、光の螺旋と空間の火の螺旋のエネルギーの中で君自身を断言せよ。我々はこう言おう、「宇宙の呼吸が美しい!」。

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9

 人々はよく意識を超えたことについて悩まされる。むろん、人間の理解する意識の概念は限られたものだ。それは目に見える世界のことしか受け入れないせいである。目に見える範囲内より広げられなければ知識は制限の中に閉じ込められたままだ。人間の意識と知識の限界を超えたところを見よう。宇宙的理解をほんのわずかだけ見つけてみよう。広大な地平線の何と美しいことだろう! 「空間」に浸透する思いの何と強力なことだろう! 無限との交流により何と新しい道が明らかになることだろう! どんな知識の使用法が、人を「これ以上は知りません」としるしのつけられた閉ざされし門へと導くのだろうか? 知識の制限は墓場である。したがって、無限を測ろう! 意識を制限することは霊の死である。

 

 人々の習慣ではなく、意識の本質を学ぶべきである。無限の流れを感じるよう自分自身を訓練したならば、祈るかわりに四大元素を制するだろう。「何々してくださる神」のかわりに、私たちこそが自分の仕事とサイキック・エネルギーによって自分自身を助けるだろう。

 

 なぜ世界には、困窮の時に宇宙のエネルギーを礼拝する風習があるのだろう。なぜ、その時初めて無限へと引き寄せられるのだろう。なぜ、ちょうどその時にいわゆる超自然的な諸力を認識するのだろう。「世界の母」のお名前を、シンボルとしてではなく、力を与えてくれるものとして唱えるよう私はアドバイスする。無限の源泉を、シンボルとしてではなく永遠の現れとして、永遠に美を生み出すものとして、天空の創造者として、呼び出すよう私はアドバイスする。

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